3月革命。桜の木の下で拾ったのは弟。なんとも、川原泉らしい話です。その話の中で、いろんな意味で頭のいい弟が桜を差して発する言葉が、この「梅ら〜」。熊本は梅の時期は過ぎ去り、来週には桜の季節かと。桜の森の満開の下。狂うのは誰?
今までライブもので一番感動したのが、野田秀樹率いる夢の遊眠社の1989年に京都南座で上演された「贋作・桜の森の満開の下」です。アンコール5回〜6 回。通常のアンコールが終っても客席は全く動かず、拍手が続く。客電が灯っても拍手は続く。場内アナウンスが始まっても誰も動かない。こういうの初めてでした。
遊眠社の面々の演技もさることながら、客演の毬谷友子が壮絶だった。あまりにカワイク、あまりに凄惨で残酷。
舞台とは不思議なもので、ほぼ同じキャストで再演された1992年版は、素晴しい舞台には違いなかったけど、1989年版ほどの感動は無かった。ラストの印象的な台詞にしても、文字に興してみても感動は無い。2時間ちかくの話の積み重ねと、とんでもなく美しい舞台美術のせいなのかな。
Youtubeに挙がってたのは、ビデオ化されている1992年版でした。
梅の季節は過ぎてしまった。狂気の桜が花開く。
今までライブもので一番感動したのが、野田秀樹率いる夢の遊眠社の1989年に京都南座で上演された「贋作・桜の森の満開の下」です。アンコール5回〜6 回。通常のアンコールが終っても客席は全く動かず、拍手が続く。客電が灯っても拍手は続く。場内アナウンスが始まっても誰も動かない。こういうの初めてでした。
遊眠社の面々の演技もさることながら、客演の毬谷友子が壮絶だった。あまりにカワイク、あまりに凄惨で残酷。
舞台とは不思議なもので、ほぼ同じキャストで再演された1992年版は、素晴しい舞台には違いなかったけど、1989年版ほどの感動は無かった。ラストの印象的な台詞にしても、文字に興してみても感動は無い。2時間ちかくの話の積み重ねと、とんでもなく美しい舞台美術のせいなのかな。
Youtubeに挙がってたのは、ビデオ化されている1992年版でした。
梅の季節は過ぎてしまった。狂気の桜が花開く。
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